高齢者介護の問題において、非常に根強く解決の困難な問題となっていることの一つに、家庭における主婦、お嫁さんの負担の大きさがあると思います。これはまた地方において顕著なことといえるようです。一つここであるパラドックスを感じてしまうのですが、高齢者介護が近年においてクローズアップされてきたのは、例えば核家族の増加に伴う老老介護問題の深刻化であるなど、家庭の在り方の変化が大きな要因になっていると言えると思います。ですが、昔ながらの大家族の形態を保っている地方において、また高齢者介護の悲惨な実態が明らかになっているのはなぜなのでしょうか。一見昔と変わらない、いわば古き良き大家族の形を保っているように見えても、その実態はやはり以前とは大きく変わっていると思います。昔は介護の必要な高齢者は、家庭の中の複数の要員でその介助に当たることも多かったです。また、稼ぎ手である男性も、多くは職住近接であり、家庭のそうした問題にも自然と介入したり、また指導権を持ったりする立場にありました。しかし、現在は地方においても、その家の主婦と高齢者以外は家の外に仕事の場を持っており、また仕事に就く前の人間であれば当然学校に行っています。また一家の主においても職住近接の例は非常の少なくなっています。また、昔は地方は地域共同体の意識や実際の仕組みも有効に働いていましたが、皮肉なことに社会保障制度の出現により、昔ながらの有効な地域社会の成り立ちは姿をひそめてしまいました。周知のとおり未だ脆弱な社会保障のなかで、そうして、地方においても家庭の主婦にのみ、高齢者介護の重圧がかかるような実態が生まれてしまったのです。
痴呆性高齢者介護の現場において、望ましい介護の在り方というのが近年変化してきたように見られます。そもそも非常に長い間、痴呆性高齢者に対してどういった介護が望ましいのかというのは、置き去りにされてきた問題であると思います。痴呆性高齢者の介護の現場では、同じ失態を繰り返す高齢者に、介護する側は同じ注意、もしくは、同じ叱責を繰り返す、また痴呆性高齢者を部屋に一人きりで閉じ込めるなどの方法をとるしかないのが実態であったと思います。また、そうした方法をとる以外に、痴呆性高齢者介護に当たる側に、有効な情報が何らもたらされていなかった時代が非常に長く続いていたと思います。
私には88歳で亡くなった祖母がいました。両親が自営だったため小さいころからおばあちゃん子で、おばあちゃんが大好きでした。学校から帰ると、父母が帰ってくるまでおばあちゃんと兄弟でよく留守番をしていました。その祖母が75歳を過ぎたころから痴ほう症が始まりました。その時代には、まだ高齢者介護という言葉はあまり出ていなかった気がします。祖母が架空の事を言い始めたのが、痴ほう症のきっかけだったと思います。
高齢者介護のなかでも、特に問題の深刻化が加速していることとして、老老介護が挙げられると思います。聞いていると茫然とするような、悲惨な老老介護の実態は枚挙に暇がありません。私も決して当事者ではなく、この問題に詳しいわけではないのですが、そうした私ですら、巷のさまざまな事例を聞き及ぶ機会が多いです。また、当然現在当事者ではないと言っても、今後自分がその問題に苦しむことになる可能性は決して小さいものではありません。
ある高齢者介護のサイトがあります。そこは、自分の親御さんや配偶者を中心に、自宅や施設での高齢者の介護に悩む人たちが相談を寄せるサイトで、相談者のコメントに、また別の訪問者が回答や意見を述べる仕組みになっています。ぼく自身は、自分の親と奥さんの両親と、それぞれみんな元気で暮らしているので、直接的に役に立っているわけではないのですが、いずれ身の回りで起こる問題なので、ときどきサイトに行っては、みなさんの悩みを知って、自分に照らし合わせて考えさせられています。そのサイトの相談者のコメントで、とても印象に残ったものがありました。たしか、70代くらいの男性からのコメントだったと思います。
日本の社会がどんどんと高齢化に向けて進んでいる今日、今までにないスピードで、高齢者介護施設が設立され、それに伴う介護士の需要もすごい勢いで増えています。しかしながら、その勤務や労働の大変さに見合った収入を得られる職の少なさから、介護士になるという選択肢を選べずにいる方もたくさんいるでしょう。しかも、介護士と言っても、体力的な物からメンタルなものから、外側からでは見られない色々な大変さを含有している職業なのです。